hirunireの庭

日記、詩(のようなもの)。

思い出は一瞬なのに一生ついてくる

 

好きだった人の残影はとうに忘れたつもりでいた。ふとしたときによみがえってくる温度や声が、時計を狂わせてしまう夜に何度も何度も思い返す。第三人称になって不完全な反芻をしてみたりもする。衝動で連絡をとって擦り切れたテープをすべて今のものにして再生させてみたくなる。ただ、もうその頃にはすべてが巻き戻しの効かない一本のテープがあるだけだ。ましてや再生機器すらこの世にはもう残っていない。思い出なんていうものは、結局自分だけが覚えていることで、他人にとってはすぐに忘れ去られてしまう、風の前の落葉みたいなものなのだと。そして、わたしが好きだったのは君の過去であり今の君ではないという事実が、いっそうわたしを苦しめるのです。君の未来からわたしが突然消えても、読みかけの小説を旅先で紛失するような簡単にまたすぐに新しいものを注文すれば替えが効くようなものなのでしょう(はじめから)。そうして街を、駅を、インターネットを、涼しい顔をしてサバイブしていく。それが正しいことだとわかっているし、そうしなくては生きて行けないことだってとうの昔からわかっている。もう点で交わることのない擦り合いだって何の呼び水になることもない。だけれどただ在った、その事実に何年経っても心が揺れるのは、きっとわたしが人間だからだ。そして、この一生の内にもう二度三度と同じ間違いをしてみたいからだ。思い出は一瞬なのに一生ついてくる。